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最 新 話

I'm all about you 1-1

~ Glitter of diamonds ~


―――本日の授業はここまで。


教授の挨拶に少し遅れる形で就業の終わりを知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。

授業内に黒板の内容を写しきれていなかったつくしは慌てて残りをキャンパスノートに書き込み、筆箱に立て掛けるようにして置いていたボイスレコーダーの録音を切った。

机に広げていた教本などを片づけてトートバッグに仕舞うと、つくしは漸く一息ついた。

それは疲労感ではない、充足感に満ち溢れた一息だった。


大学の授業は1コマにつき90分。高校と大学の一番の違いは授業時間だろう。

なにせ拘束時間が二倍になるのだ。

公立私立どの大学でも45分授業に慣れた新入生にとっては最初の難関となるのがこの長い授業時間だが、去年の春に英徳大学に進学したつくしはこれまで一度も苦に感じたことがなかった。

元々、勉強が嫌いではない。昔から頭の出来も良くて、むしろ勉強は得意とした。

父親が失業して家計が苦しく、つくしのアルバイトと両親の僅かなパートで何とか遣り繰りしている毎日を考えれば大学に行ける余裕などなく、早々に進学の道は諦めていた。

勉強は大学に行かなくたって出来るし、うちにはまだ弟の進がいるのだ。

将来を考えたら大学に行かせるべきは進であってそれが道理だとつくしも納得していた。

今後を左右するのでつくしもよくよく考えたが、大学生をしている姿よりもどこかの中小企業に就職してあくせく働いている姿の方が容易に想像できた。

だから進路調査アンケートが行われるたび、第一志望に就職の文字以外つくしは書いたことがなかった。


そんな自分が今、こうして大学に通って授業を受けている。

周囲の生徒から気味悪がられたがそれに構わずつくしはふふっと小さく笑った。


高校卒業ギリギリに内定を決めた不動産会社を道明寺に買収され、強制的な形で英徳大学へ進学して二年。

一言も相談せずに人の進路を変えた身勝手な恋人に対して最初は怒りも覚えたし呆れて何も言えなかったが、今ではこうして英徳大学に通わせてもらっていることに感謝している。


―――俺の彼女だから。それだけの理由で大金を肩代わりしてくれる彼氏なんて、道明寺の他にきっといない。




椅子にぐっと凭れて背伸びをすると、凝り固まった体がすーっと解れていくのを感じる。

思っていたより教室に留まっていたらしく、次の授業まで後10分もない。

つくしは慌てて立ち上がった。次の教室は別棟で急いでもここからだと5分以上はかかる。

高等部の敷地も広かったが大学はそれを軽く上回る。こんなにスペースいるのか?と疑問に思う場所がいくつもあった。

一年次の時、迷子にならないように校内地図を片手にくまなく探索したつくしは何度も思った―――無駄に広すぎ、と。


「牧野さん。今日のランチなんですけど、ご一緒にいかがですか」

今日のメニュー、私たちのオススメなんです。


教室から出ようと扉に手をかけたところで、背後から突然呼び止められた。


急いでるってのに一体誰よ。


迷惑そうな表情を隠しもせずに振り返って見ればお嬢様然とした見覚えのある同級生が二人笑みを浮かべていた。

二人の顔をまじまじと見返しながら、お嬢様然ではなくて本物のお嬢様なんだったとつくしは思い出す。

ここではつくしのような存在の方が異分子なのだ。

たしか一人は高校三年の時に同じクラスだった田村だか田中という名前の人物だったような気がするが、さして仲も良くなかったクラスメイトは十把一絡げ。記憶が曖昧で自信がない。

更に英徳大学は指定の制服がなく私服の為、服装に合わせてころころと変わる化粧のせいでパッと見では誰だかわからない。


化粧をすると女は化けるっていうけど、これじゃ別人じゃん。

つくしはキラキラと光るアイシャドウを見つめながら言った。


「あー・・・・・・、ごめん。お弁当持ってきてるんだ」

「でも――――」

「ほんっとごめん!急がないと間に合わないからまた今度ね」


なおも食い下がろうとするのをつくしは遮った。断られるとは思っていなかったのか二人は困惑顔で見合わせている。

はじめは誘いを断るつもりはなかった。純粋に誘ってくれて嬉しかったし、オススメのランチは一緒に出来なくても同じテーブルで食事を楽しむことは出来たと思うが、彼女たちが誘ってくれたのは残念ながらつくしじゃない。

会話の間、彼女たちはつくしの顔を見ていなかった。

見ていたのはつくしの顔よりずっと下―――、アイシャドウよりも遥かに輝きを放つ胸元に釘付けだったからだ。


たぶん、今度はない。そう心の中で呟いて足早に教室を後にした。




同級生に捕まって余計な時間を取られたせいで、つくしが次の教室についたのは始業のチャイムが鳴った後だった。

教授に小言をもらって午前の授業を終えると、ひとりラウンジで昼食を取ることにした。

今日のお弁当は昨夜の残り物の肉じゃがとおにぎり。

たまにテーブルの前を通る生徒が広げられたお弁当を見て驚いたり笑ったりしたがつくしは気にせず黙々とおにぎりを頬張った。

高校の時から好奇と嘲笑の視線に慣れている。お弁当に虫を入れられたり床にぶちまけられた当時に比べたらこんな視線屁でもない。


それにしてもこの雰囲気、久しぶりな気がする。


つくしは動物園のパンダになった気分でお気に入りのマグボトルに入れてきた自家製のコーンスープをすすった。

ここ最近の大学生活は本当に平穏そのもので、つくしは女子大生生活を満喫していた。

必修科目はもちろん、大学で取れる免許を全て取るつもりで1週間の授業スケジュールをびっちりと組み、授業が終わればその足ですぐバイト先へ向かって夜遅くまで働く。

そして深夜にかかってくる道明寺からの電話で一日を終える。それが一日のルーチン。

桜子あたりが聞いたらきっと「遊びもしてないそんな潤いのない生活、全然女子大生じゃない!」って力いっぱい否定されること間違いなしの生活だが、つくしにとってはこれ以上ない程有意義で幸せに満ちた毎日だった。


そんなわけですっりかり忘れていたが英徳でのつくしの立場は本来こういうものだったのを思い出した。


家庭の事情などで転校や退学する生徒はいても、幼稚舎から大学までエスカレーター式の英徳に途中外部入学してくる者はかなり稀だ。

進学しても生徒の入れ替わりがない為、大学に進んでもつくしの交友関係に変化は見られず、むしろ高校の時より狭まった。


「4年後、必ず迎えにいきます」


ニューヨークへ旅立つ数日前。

メイプルホテルで急遽行われた記者会見の場で記者の質問に対して道明寺ははっきりとそう答えた。

道明寺とつくしの二人が恋仲であることは英徳では色んな意味で有名だった為、4年後に迎えに行くと言った相手が誰なのか生徒や道明寺を追っていたメディアにはすぐに知れた。


いつかは飽きられて捨てられる。そう思っていた生徒たちの思惑を、あの会見で道明寺は一蹴した。

そのお陰で以前とは違った意味で敬遠されるようになり表立って嫌がらせをされることはなくなったが、女たちの妬みまでは消せなかった。

浅井たちのように嫌っていることを隠さない人間はいいが、厄介なのはそれを悟らせずに甘い蜜を啜ろうと近づいてくる人間だ。先程のランチを誘ってきた女生徒二人もそうだった。


つくしだって好きで一人で行動しているわけじゃない。

中学校までは交友関係も広かったし、出来るなら友達と楽しく学生生活を送りたい。けど、上辺だけの友達ならいない方がマシだ。この英徳で優紀のような友達を作ろうとする方が間違っているのかもしれない。

ま、大学には遊びに来ているわけじゃないし。そんなつくしの態度が無意識に大学での交友関係を狭めていた。

別にそれでも構わないと思う。今年は桜子も入学してきたし何より―――、


「あっ!」


勢い良く口元から離したせいでマグボトルのカップからコーンスープがテーブルに飛び散った。

汚れたテーブルを手持ちのウェットティッシュで拭きながら、つくしは得心した表情で一人頷いた。


そっか、類がいないからか。

大学に入学してからずっと、つくしの傍に類がいた。

毎日ではないけど昼食も一緒にしているし気づくと隣に類がいて、この二年でそれが当たり前になっていたので気づかなかったが、彼の存在もつくしの快適な大学生活に一役買ってくれていたに違いない。

いくら道明寺が周囲に牽制しても、言葉だけでは限界がある。

本人に直接確かめたわけじゃないからつくしには想像するしかないけど、きっと優しい彼のことだから今日のようにつくしが嫌な思いをしないようにしてくれていたのだろう。


―――あたしって類に頼ってばっかり。

つくしは嘆息した。自分の鈍さにはほとほと嫌気がさす。


そんな類は前は三日と開けずに牧野家に遊びに来てくれていたが、三年に上がると大学へ来る頻度がぐっと減り、牧野家からも足が遠のいていった。


理由は―――なんとなく察していた。


類も道明寺と同じ御曹司で花沢物産の跡取り息子だから大学どころではないのだろう。

むしろこれまでが異常だったのだ。総二郎とあきらの二人の姿は入学してから一度しか見ていない。

類が数週間前に「最近親がうるさい」とぼやいていたから、間違いなくお家関係なんだろうと思う。


それが確信に変わったのは数日前、類の父親がつくしに会いに来た時だ。

団地には似つかわしくないジェントルマンがいるなと不審に思ったら、「いつも息子の類がお世話になっております」と頭を下げられて酷く驚いた。あの類が友人のことを楽しげに親に話している様子が想像つかなくて突然の登場に困惑したが、道明寺家と同様に花沢家からも監視されていただけだ。

どういった意図でただの友人であるつくしに会いに来たのか知らないが、今までの経験から推察するに良い意味ではないのは間違いない。


きっと類は父親がつくしに会いに行たことは知らない。知ればきっと怒るだろうし、彼なら「ごめん」と謝りに来るから。

今度類に会っても、つくしは父親の件を告げる気はなかった。

類の父親から何かされたのならいざ知らず、ご丁寧に挨拶をしてもらっただけなのだから。


―――今頃、類は何してるんだろう。道明寺は仕事の最中かな。


湯気の立つコーンスープをもう一口、そっと口に含んだ。

コーンな素朴な味が口いっぱいに広がり、ごくりと音を立てて飲み込むと、とろみのある喉越しにスープが通った部分から体が温まってほっとした。



貧乏で良かった、そう思うのはこんな時だ。