夢のあとさき 1



4月初旬。つくしは新しい制服を身に纏い、最後の担任となる女性と対面している。 


「担任の前川久美子です。3年からの転入で不安もあるでしょうけど、何かあれば相談してちょうだい」

 「はい。よろしくお願いします」


 職員室で初めて顔を合わせた担任に、つくしは深々と頭を下げた。

そういえば英徳では担任は道明寺の言いなりで、ろくに話したこともなかったことをふと思い出した。 3年にもなれば今後進路のことで相談することもあるだろう。

 つくしの母、千恵子の有無を言わせぬ強引な薦めで英徳を受験した為、中学時代も担任とは進路について全く話し合えていなかった。 

今度こそ誰にも左右されない、"普通"の学生生活を送りたい。そんな思いが強く沸く。

 今時の女子高生にしては驚くほど礼儀正しい様に前川は目を瞬かせた。  


「さすが英徳学園の生徒さんって感じね」


 嫌味な感じはなく、単純に感心した様子でくすりと微笑む。 弧を描いて笑った唇から白い八重歯がのぞき、綺麗にひかれたアイライナーできつく見えた目元も柔らかくなり人好きする笑顔が印象的だ。 つくしもその笑みにつられて小さく笑う。

 

「もう英徳の生徒ではありません」 

「ふふ、そうね。教室へ行く前に何か質問はあるかしら?」

 「いえ、ありません」


 すると突然、何か思い出したように前川が「あ!」と声をあげる。 

「そういえば牧野さん、英徳では部活に入部してなかったみたいね。 最後の高校生活だし、部活に入部してみたらどう?友達作りにも思い出作りにもなるわよ」 


この高校では3年になっても退部せずに自主的に部活動に参加することができ、 ほとんどの生徒は暇な時間を見つけては部に顔を出していた。 

「私こうみえて陸上部の顧問なの」と前川はウインクする。 ウインクを受けたつくしは苦笑を零す。 30代半ばに見えたがお茶目な様子を見ていると、もしかするともう少し若いのかもしれない。

英徳では部活に入部することすら考えたこともなかった。そもそも部活動というものがあの学園にあるのかすら怪しい。

1年の時は目立たず地味であることに徹し、2年の時は赤札から始まり、道明寺と交際することになり怒涛の一年だった。

新しい高校生活を機に、部活動もいいかもしれない。友人と一緒に目標に向かって汗水流すのはきっと気持ちがいいだろう。

勉強ばかりでは息が詰まることもあるかもしれないから、息抜きに部活は持ってこいだ。 つくしは前川の薦めに素直に頷く。


「考えておきます」

「いい返事を期待してるわ。・・・ああもうこんな時間」

話をしているうちに時間は8時20分を示していた。朝礼は8時30分からなので後10分しかない。 少し慌てた前川は出席簿を手に取り、つくしに手招きをする。


「じゃあ、教室へ行きましょうか」



つくしが転校したのは、英徳学園から車で1時間半ほど離れた都内の至って普通の公立高校。 

数ある公立高校の中で、この高校を選んだのは特進クラスがあることと、法律大学への進学率の良さが決め手だった。 実家の財布事情を考えると、いくら英徳を辞めて少し余裕が出来たと言っても、大学まで進学出来るほどの余裕はない。 弟の進もこれからお金がかかってくるだろうし、英徳に通わせてもらって苦労をかけたので、 これ以上は両親にも弟にも苦労はかけられない。

まあ、好きで通ったわけではないのだが。

高校卒業後、すぐに就職するつもりだったが、道明寺との交際で考えが変わった。

今後も付き合いを続けていくとなると、高卒ではいろいろと問題が出てくるだろうし、努力して学べるのであれば学びたい。道明寺におんぶにだっこ状態になるつもりはないし、今まで借りたお金も働いてしっかりと返済したかった。

自信を持って、道明寺の隣に立ちたい NYで鉄の女に交際を認めてもらってから、そんな想いがつくしには芽生えた。 今までの自分を恥たことはないが、何も持っていません、ではあの母親にも道明寺にも顔を向けることが出来ない。

何もしない、相手に任せきりなんて、自分の性に合わない。

その時出来る最大限の努力をして、道明寺の傍に立ち、力になりたい。

その為にまず高校在学中に取れる資格は出来るだけ多く取ろうと思う。特待生制度を利用し法律大学へ進学し、将来は弁護士の道に進もうと考えている。

そして、その夢を叶える為には英徳学園を辞めることから始めなければならなかった。

道明寺が学費を出してくれると言ったが、それでは意味がない。家のことも、学校のことも道明寺の手は借りたくない。 一度道明寺の傍を離れてみるべきだと思った。近くにいれば甘えが出る。自分にも家族も。こんなところで躓くようではどうせ長続きはしない。 簡単な道ではないのは百も承知。

道明寺は私が自分を変えてくれたと言う。 つくしも同意だった。


(道明寺がいてくれれば何も怖くないし、頑張れる)


道明寺の存在がつくしをこんなにも強くしてくれているのだから。



 3-Aと書かれた教室に前川が先に入っていく。

呼び声があるまで廊下で待つことになったつくしの耳に、教室内から歓声にも似た複数の声が聞こえた。 2年ならまだしも、3年生での転校だ。 かなり珍しいケースだろうし、前の学校が英徳学園だから、しばらくは注目の的になってしまうかもしれないがそれも仕方ない。

つくしは注目されることにはいろんな意味で慣れていた。慣らされた、と言ってもいいかもしれない。


(何かあったとしても、F4やあの取巻き達みたいな奴なんてそうそういないだろうしね)


ぼんやりとしていると前川から声がかかった。 


「牧野さん、入って」


 扉を開けると、つくしは30人くらいの生徒たちの好奇の視線に晒される。 人前に立つことに緊張感はなく、あがることもなかった。 


「初めまして。英徳学園から転校してきました、牧野つくしです。よろしくお願いします」


挨拶とともに軽く下げた頭を上げれば、ぱちぱちと疎らな拍手が起こる。

ぐるりと目だけで教室を見渡すと、男女比は7:3くらいで女子は少なかった。 男子はさっぱりとした短髪、女子は肩より長ければ結んでいていたし、制服に乱れもなく特進クラスなだけあり、真面目な生徒がほとんどに思えた。

が、窓際の一番後ろの席に目をやり、つくしは驚き目を見開く。 

その生徒は机に顔を伏せていて表情はわからなかったが、髪の色が陽にあたれば白にも見える淡い金髪だったのだ。 高校では染髪はもちろん校則違反。ということは地毛なのだろうか。 制服も黒が基本のブレザーで、全員黒髪だから、どこに視線をやっても視界にちらちらと金が入った。 


「牧野さんの席は委員長の隣よ。立花君!」


前川の呼びかけに「はい」と、気だるげなハスキーボイスが聞こえた。

誰が委員長なのかと思えば、つくしが目を奪われていた金髪の生徒がむくりと顔をあげたのだ。 

気になっていた人が委員長を務めていたことはもちろん驚いたが、つくしがもっと驚いたのはその容姿だ。 面をあげた白金の生徒はまさに白皙の美貌と言える。 神経質そうな細い眉に、くっきりと彫りの深い二重瞼。瞳の色は青みの強い灰色で神秘的な色をしている。 薄い唇は決して赤くはないのに白い肌によく映えた。つんと尖った高い鼻と顎は本人の気性を示すかのよう。 つくしの目を惹きつけた白金の髪はセンター分けにされており、癖のないさらりとしたストレートヘアだ。 立花と呼ばれた青年は、やはり日本人ではなかったようだ。

つくしがぼーっと見つめていると、視線の感じたのか立花と目が合った。 立花は興味なさげにすぐに目を反らす。 あまり友好的ではない様子に小さくため息を漏らす。 まだ話も交わしていないのに嫌われたのだろうか。


 (転校初日から思いやられるわ) 


「クラス委員長の立花ユーリ君よ。立花君、牧野さんにいろいろと教えてあげてね」

「・・・はい」


 生徒の間を通り、つくしが立花の隣の席について「よろしくね」と声をかけるも、頬杖をつきしばらく窓の外を眺めていた。 遅れること数秒後、耳を澄まさなければ聞き取れないほど小さな声で「よろしく」と立花が呟いた。 出席の確認を取り終えた前川が教室から出ていっても、立花と目が合うことはなかった。 



合間の小休憩にも数人に声をかけられたが、午前中の授業を終え昼休みになるとつくしの周囲を3人の女生徒が囲んだ。 取り囲んだ生徒の中で、一番髪の長い少女が声をかけてくる。  


「牧野さん!一緒にご飯食べようよ」 


英徳ではなかった、女友達と一緒にお昼を食べれることにつくしの表情は明るくなった。 3人は椅子を持ち寄り、輪を作り机の上にお弁当を広げる。 つくしも朝早くから作ってきたお弁当を広げ、砂糖たっぷりの甘い卵焼きを頬張る。 友達と一緒に食べる卵焼きは格別に美味しい。 そんなつくしに、ショートボブとポニーテールの2人はお互いの顔をちらちらを見合い、しばらくして声をかける。 


「せっかくクラスメイトになったんだし、牧野さんって呼び方じゃあれでしょ?名前で呼んでいい?」 

「もちろん!あたしは皆のことなんて呼ぼう?」


ああっ、こういう会話がしたかったのよね! 名前を聞きあう些細なことにも幸せを感じる自分がおかしかった。3人の自己紹介は時計回りに始まった。 


「私は吉野しおり。しおりでいいよ」 「米田真子!真子って呼んでね!」 「一色恭子よ」 しおりは重めのボブヘアーに黒縁眼鏡。口元の黒子がちょっとセクシー。 お昼を一緒にと誘ってくれたのは真子。高い位置で結われたポニーテールが尻尾みたいで可愛い。 恭子ちゃんも真子と一緒でポニーテールだったけど、毛先をゆるく巻いていてオシャレに気を遣っていた。 3人の名前と顔をしっかりと頭に叩き込む。  


「私と真子と恭子、高校1年からずっと一緒なんだ」 

「ちなみにしおりとは中学から一緒。恭子は高校から仲良くなったの」 

「もーかれこれ6年の腐れ縁よねー。ずっと同じクラスってのもありえないわ」  


しおりと真子は中学から付き合いがあるらしい。 会話の端々に気安さ、親密さを感じさせ、2人の関係がつくしは少し羨ましかった。 もしも英徳に行かず、優紀と同じ高校に行っていればこの2人みたいになれたのかな。 たられば話は考えるだけ無駄だしキリがないが、そんな未来もあったかもしれないと思うと妄想へのダイブは止まらなかった。 


「恭子は入学してからしばらくはずーっと一人だったんだよね」 

「そうそう。ま、口数も少なくって無愛想だから友達出来なかったのもしかたないよねー」  

「美人なのに勿体無い」としおりと真子はけたけたと笑った。 黙々とお弁当を食べていた恭子は、じろりと2人を睨む。 


 「恭子ちゃんはどうやって2人と仲良くなったの?」


 しおりと真子は社交的で快活な少女といった感じだが、恭子は違った。 見た目はクールビューティーと言えるが、冷めた瞳と素っ気なさが人によっては不快を与える。 こうして4人で囲って食事をしていても自ら言葉は発さずにいるし、 つくしを取り囲んだ時ですら2人に無理やり連れられ、といった様子だった。 つくしの疑問に真子がにやりとした表情で答えた。 


「恭子はツンデレなの!恥かしくって自分から声もかけられないから、一匹狼気取っててさ。見かねた私たちが仲間に誘ってあげたってわけ」 

「素直に友達になってくれて嬉しいって言えばいいのにさー」 

「ち、違うわよ!」


 2人に揶揄われ、首まで真っ赤に染めて恭子が叫ぶ。 恭子をおもちゃにして一通り楽しんだのか、しおりが「そういえば」とつくしに話を振る。  


「つくしって前は英徳にいたんでしょ?確かあそこって超金持ちの集まりでしょ?」 

「それ私も気になってた!てことは、つくしってお嬢様?」

 興奮した様子で真子は身を乗り出す。 


 「はは・・・違うよ、むしろ一般以下の超ボンビー」 

 つくしの言葉にしおりはびっくりする。  


「ええ?うそぉ。聞いた話じゃ英徳って学費も凄いし、エスカレーター式で外部入学ってほとんどいないんでしょ?」

 「母親が見栄はって無理やり入れたんだ。2年まではなんとか出来たけど・・・、さすがに限界がきて転校したの」 

「へえぇ?大変だったんだねぇ」

 「ねえねえ!英徳じゃ彼氏とかいなかったの?」

 「え!」 


しおりに寄りかかり、真子が親指を立てニヤニヤとつくしを見やる。 いる、と言えば良かったのだが突然の質問だったのと羞恥もあり、つくしは咄嗟に「そんなのいないよ!」と嘘をついてしまった。 


(あ、ああああ!いないなんていっちゃった!)

 「ほ、ほら!そろそろ休憩終わるよ!」


 えー気になるーとブツブツと言いながら弁当を片付け、それぞれ自分の席へと戻っていく。 

つくしも次の授業の用意をしながら、ちらりと席についた恭子の背中を見つめた。 つくしの、英徳学園の話になってから、ぴたりと口を閉じ硬い表情で終始俯いていた恭子。 


(英徳に・・・何かあったのかな)


 気にはなったが、何やら事情がありそうな様子に、話を聞くことは躊躇われた。 秘密のひとつやふたつ。誰にだって聞かれたくないことはある。自分だってそうだ。 これから1年同じクラスなのだ。またいずれ話を伺う機会もあるかもしれないし、恭子から話してくれるかもしれない。 


(まずはみんなと仲良くしなくっちゃ)


 キーンコーンカーンコーン。

 昼休みが終わり予冷が鳴ると、隣の席が空席なのに気づいた。 


 (あれ?立花君戻ってきてない) 


朝もそうだったが、午前の授業中も立花は窓の外を眺めているか、机に臥せっているかのどちらかだった。 クラス委員長を務めているにしては不愛想だと思ったが、もしや体調が優れなかったのか。 じっと空席を見つめいると、男性教師が教室に入ってきた。 つくしは気づかなかったが、鞄の中に入れていた携帯がブー、ブー、としばらく振動していた。 


 「では教科書4Pを開いて―――」



 初日の授業を全て終えて、つくしは安堵の息をふうと漏らす。 何のトラブルも起きず、友達もできた。 気になることはいくつかあったが問題ではない。 


 「・・・ん?」


 鞄に教科書を収めていると、中に入れっぱなしだった携帯が着信を示す赤い光がチカチカと点灯していた。 


 (着信?誰だろ)


 折り畳み式の携帯を開き、着信履歴を見るとつくしは「うわっ」と顔を引きつらせる。 履歴には道明寺司の名前がずらりと並んでいた。 スクロールしてもしばらく司の名前が続き、軽く見積もっても50件近くはある。 電話ひとつにしてもやりすぎなきらいがある男に、つくしはため息をつく。  

転校前日に、つくしは司と電話をしていた。 3時間と長時間話していたが、ずっと怒鳴りあいで思い出すだけでも頭痛がする。 

内容は司の「男と喋るな」、「SPをつけろ」、「1時間に1本連絡しろ」の3点張り。 

最初の「男と喋るな」は出来なくはなかったが、下手に約束して会話したのがバレた時の反応が恐ろしかった。 残りのふたつは論外だ。あほらしくて話にもならない。 


 (なんでああも馬鹿なんだろう) 


司は全く納得していなかったがキリがなかったので無理やり切ってやったのだった。 切ったことに後悔はない。 が、切る直前に叫ばれた不穏な言葉が耳に残ってる。 


『ふざけんな!おい牧野!!電話切りやがったら承知しねぇからな!!!』


 はああ、と何度目かわからない深い息をついていると、つくしの机に真子が駆け寄ってくる。  


「つくし!一緒に帰ろーよ」 

「あ、う、うん!」


 慌てて携帯を閉じ、スカートのポケットに閉まった。 メールで何の用だったのか連絡をしようと思ったが、近くに真子がいるとあれこれ聞かれそうな気がした。 後が怖いが、たいした用事じゃないはず。今は友達優先だ。つくしは「ごめん道明寺」と心の中で連絡出来ないことを謝罪する。  


「・・・あれ?しおりと恭子ちゃんは?」

 きょろきょろと真子の周りを見渡しても2人はいなかった。  


「しおりも恭子も部活だよ。しおりは女バスで夏のインハイに向けて猛練習だって。恭子は地学部で部室にこもってるよ」

 「地学部?」

 「そそ」 


つくしは首を傾げた。

 なるほど、しおりが女子バスケというのはイメージにぴったりだ。しかし恭子が地学部とは一体。 それに地学部なんて初めて聞いた部活名だった。何をするのかもさっぱり見当もつかない。 んー?と頭を左右に揺らし、思ったことが顔に出ているつくしを見て真子は笑う。 


「地学部って名前も地味でダサいけど、活動もそう。主に太陽観測とか部室で撮影法の勉強会。月2くらいで夜に学校の屋上で天体観測したりしてるらしいよ。別名天文部」 

「天体観測・・・」

 「そー。星なんて見て何が楽しいんだろうね?部員も恭子以外幽霊部員で参加してないし、絶対つまんないよ。恭子が卒業したら廃部になるんじゃないかって噂。きゃはは、うけるー」 

「・・・」


 つくしは真子の話を聞きながら、無意識に胸元をぎゅっと握りしめた。 制服の下には道明寺からもらった土星のネックレスをつけいていた。 いくらするのか値段を聞くのも恐ろしいネックレスを失くしてしまっては一大事だ。 つくしは気軽に身につけて歩くことに躊躇っていたが、なぜか登校前にネックレスを手に取っていた。 どうして手に取ってしまったかなんて、理由は明白だったが認めてしまったら道明寺が調子に乗りそうだし、何よりつくし自身が恥かしかった。 

土星のネックレスをつけてると、いつも道明寺が傍にいてくれる気がする―――  こんな乙女な思考、キャラじゃない! ぶんぶんと頭を振るが、顔の赤みは引きそうになかった。

 思わずつくしは叫んでいた。  


「そんなキャラじゃない!!」

 「ん?やっぱつくしもそう思う?恭子のキャラじゃないよねーきゃはは」


 真子の笑い声が教室に虚しく響いた。 



下駄箱に行くと校門のあたりに女子生徒が集まり、きゃあきゃあと騒いでいた。 何事だと真子と顔を見合わせる。 


 「なーにあれ」

 「さあ・・・」


 昼間の道明寺からの電話のこともあり、何やら胸騒ぎを覚えたつくしは足早に校門に駆け寄る。 するとひそひそとした声がつくしの耳に届く。 


「誰か待ってるのかな?」 

「声かけてみてよ」

 「やだーあんたが声かけてよ!」 


女子生徒たちの視線の先には誰かいるらしい。 人垣の隙間から高級そうな男物の革靴がちらりと見えた。


 ―――まさか、まさか?


 そんなはずない。いや、あの男から転校初日だろうと関係なくやってきてもおかしくはない。 

わざわざ様子を見に来たのだろうか。 あれだけ目立ちたくないから来るなと言ったのに。 初日くらい我慢できないのか。 不安と怒りと期待と嬉しさといろんな感情が入り交じり、ドクドクと激しく胸が鳴る。


 「・・・は、花沢類」 


薄茶の柔らかそうな髪の毛をたなびかせ、ビー玉のような瞳を持つ王子様が校門横に座り込んでいた。 こんな場所にはあまりにも不似合いで、類の周囲だけがきらきらと輝いて切り取られたような錯覚すら覚える。 

そして待っていたのが道明寺ではなかったことにガッカリとしている自分がいた。 矛盾している。 来るなと言った。待っていたのが道明寺じゃなくて喜ぶべきなのに。 


 (道明寺は来なかった)


 それにしてもどうして彼がいるのか。 座り込んでいる類に近寄り、柔らかそうな薄茶の頭部を見下ろす。

 ふと目の前が翳ったことに気づいた類が顔をあげた。 


 「あ。牧野、久しぶり」 

「・・・花沢類」


 1ヵ月前のプロム以来の王子様は、にっこりと微笑んだ。 

Again

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